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シュルプは実在した登場人物の物語?史実(歴史上)との違いや死因を調査!

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韓国ドラマ時代劇「シュルプ」は2022年10月から始まり、配信直前から韓ドラファンの心をグッと捉えています。

このドラマは実在した登場人物か?とても気になるところですね。

実在しているとなると、ドラマの内容も史実に再現しているのか?

はたまた歴史上で云われている朝鮮王時代と違いがあるのか?

登場人物の実際の死因はなんだったのか?

今回は韓国ドラマ時代劇「シュルプ」の登場人物について、当時を史実に再現されているとしたらどの部分か?

歴史上と違いなど、登場人物の死因についても調査していきます。

 

シュルプは実在した登場人物の物語なの?

韓国ドラマ時代劇「シュルプ」の時代設定は、『朝鮮王朝時代』と呼ばれ1392年~1910年と500年以上続いた時代の宮中を舞台にしたドラマです。

その間にその国の王として君臨していたのは、500年以上の間で延べ27人です。

今回の韓国ドラマ時代劇「シュルプ」で登場する王は、「イ・ホ」です。

イ・ホは実在したのかピヨ?
イ・ホは2人いたらしいピヨ!

実は、朝鮮王朝時代にイ・ホという名の王は2人いたことが分かっています。

呼称 在位
12代目王 李峼(イホ)仁宗(じんそう) 1544年~1545年
17代目王 李淏(イホ)孝宗(こうそう) 1649年~1659年

韓国ドラマ時代劇「シュルプ」で登場した朝鮮王イ・ホは、17代目の王ではないかと推測されます。

これは12代目王の「仁宗」には在位が1年と短いことと、子どもがいなかったためです。

17代目王の「孝宗」は、1男7女を儲けています。

しかし、韓国ドラマ時代劇「シュルプ」ではイ・ホの妃・ファリョン王妃との間には子どもが5人という設定になっています。

5人とも男の子です。

 

王妃・ファリョンの「内命婦首長」物語はフィクション!

キム・ヘスが演じた王妃であるファリョンについては、この名前での王妃が存在したかどうかは不明です。

実際には「チャンシ」という名の王妃がいたことが分かっています。

このことから韓国ドラマ時代劇「シュルプ」は実話がベースになっていますが、ほとんどはフィクションであるといえるでしょう。

王妃ファリョンの役職は、ドラマでは「内命婦首長」となっています。

実在した王妃・チャンシは、正式には『仁宣王后(じんせんおうこう)』と呼ばれます。

もっとも『仁宣王后(じんせんおうこう)』というのは、役職というより王妃の称号のようなものですね。

実際に『仁宣王后(じんせんおうこう)』が、「内命婦首長」のような役回りをしていたかどうかは分かっていません。

しかし夫のイ・ホが崩御したのち長男が18代目朝鮮王に即位しているので、産まれてから王になるまでの間は、やはり王になるべく教育には携わっていたと考えられます。

側室たちの王子もいましたから、継承争いのようなものはあったかも知れませんね。

ドラマさながらの戦いがあったかもピヨ~!

 

シュルプのモデル「仁宣王后『チャンシ』」はどんな人物?

仁宣王后『チャンシ』は王妃となる前は、夫イ・ホと共に8年間に渡り人質生活をしていました。

このときイ・ホは世子で、チャンシは「世子嬪(セジャビン)」という立場ではありましたが、8年の間人質生活をします。

イ・ホの前16代目朝鮮王「仁祖(じんそ=インジョ)」が1649年に薨逝(こうきょ)し、イ・ホが17代目朝鮮王に即位します。

それによりチャンシはようやく王妃となったのです。

そしてイ・ホが1659年に崩御すると長男が18代目朝鮮王に即位し、チャンシは王大妃となりました。

そして55歳でチャンシは死去しています。

この間、夫と子どものために全身全霊で尽くしてきた夫想い、子ども想いの家族愛に満ち溢れた女性だったようです。

夫の崩御後も即位した長男を陰ながら支えてきたので、立場上でも強くならないといけなかっただろうと考えられます。

その点では、韓国ドラマ時代劇「シュルプ」のファリョンも子どものために宮中一の足の速い女性と云われていたので、強さを表していますね。

妻として母としても強い女性であったでしょう。

 

シュルプのストーリーは歴史上の史実とどこが違うの?

韓国ドラマ時代劇「シュルプ」では、主に息子たちを王にするために孤軍奮闘する王妃の姿を描いています。

実際の17代目王がいた朝鮮時代で史実と違うところは、以下です。

  • 子どもの人数
  • 側室の人数

子どもと側室の人数の違いが史実とどう違うのか、時代設定も含めて見ていきましょう。

 

歴史上の時代設定では『朝鮮王朝時代』!

韓国ドラマ時代劇「シュルプ」で登場する王は、17代目王と推測されます。

冒頭でも触れていますが、このドラマの時代設定は朝鮮時代で正式には『朝鮮王朝時代』といいます。

実際にイ・ホの名の王がいたことから、時代設定は朝鮮王朝時代で間違いないでしょう。

では、その朝鮮王朝時代の年号はいつ頃だったのか?

17代目王イ・ホが存命していたのは、1619年~1659年の40年間です。

短かったんだなピヨ!

この人生の間、朝鮮王として在位していた期間は1649年~1659年の10年間となります。

朝鮮王朝時代は、1392年~1910年まで500年以上続いており、その間に王に君臨していたのは総勢27名でした。

そしてこの韓国ドラマ時代劇「シュルプ」のイ・ホ王が17代目とすると、イ・ホのあとに10人います。

イ・ホの前は16人なので、朝鮮王朝時代でも後半頃ということになりますね。

 

物語と史実の違いはどこ?

韓国ドラマ時代劇「シュルプ」と史実との違いは、先にも触れました。

  • 子どもの人数
  • 側室の人数

韓国ドラマ時代劇「シュルプ」では、王妃と側室が3人でそれぞれに王との間の子どもがいます。

そしてそれぞれがすべて王子で、王女はいません。

韓国ドラマ時代劇「シュルプ」では、トラブルメーカーの王子たちを王座に付けるために王妃と側室たちとの継承争いと教育に奮闘する物語です。

そのため、子どもを王子だけにする必要があったのではないかと考えます。

子どもを王座に付ける話だから、王女がいてもほとんどお話には関与してくるのは難しいピヨね!

今の日本でも天皇は男がなるものとして、現在まで続いてきました。

朝鮮時代も同じく、王はやはり王子がなるものとされていたのでしょう。

物語にするためには王子1人とするより側室の王子を含めて9人とし、いずれもトラブルメーカーであるためそのドタバタがこのドラマの面白さであり、醍醐味とされています。

史実でもドタバタはあったかも知れませんが、ドラマほどではなかったかも知れませんね。

 

ファリョンと王の死因はどうだった?

史実では17代目王としては10年間在位し、イ・ホ自身の人生は40年ということで40歳で崩御したことになります。

一方、王妃チャンシの人生は万歴46年12月に出生し、1674年3月19日に55歳で死去しています。

しかし、王イ・ホと王妃チャンシの死因については明確な情報がありませんでした。

韓国ドラマ時代劇「シュルプ」は韓国のtvNとNetflixでは、2022年12月4日までの配信となっています。

配信が始まったばかりということもあり、結末がどうなるかは最終回を迎えてみないと分かりませんね。

王や王妃の死も描かれているのかも不明ですので、史実・物語共に王と王妃の死因は現段階では皆無です。

 

まとめ

今回は、韓国ドラマ時代劇「シュルプ」の登場人物は実在したのか?

ドラマと史実との違いと、歴史上、王や王妃の死因についてもお伝えしてきました。

実在した登場人物は、17代目朝鮮王のイ・ホは実在していました。

王妃もドラマではファリョンですが、史実では仁宣王后チャンシとなっています。

韓国ドラマ時代劇「シュルプ」の物語自体は、史実を元にしたフィクションであると考えられます。

歴史上とドラマの違いは、子どもの人数と側室の人数が明確に違った点でした。

ドラマは王子の王座育成に焦点を置いているので、王や王妃の死因については描かれていない可能性もありますが、今後の展開が楽しみですね。

どうなるかワクワクだピヨ!
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